３３話　ステフの頬への触れ合いと、湯上がりの羞恥心

（いやいや、変な話しはしてないけど……まあ、変な状況ではあるな……）

　そらは心の中でそう認めるしかなかった。彼の顔から焦りを読み取ったのだろう。早速ブロッサムの特技であるジト目が発動し、そらを鋭く射抜いた。

「変な関係じゃないし、変な話じゃないよ！」

　エルが慌てて、顔を赤くしながら否定する。しかし、その慌てようが、かえってブロッサムの疑惑を深めているようだった。

（……なんか微妙な空気になったな。やましいことはしてないけど）

　そらは内心でため息をついた。ブロッサムの疑いの眼差しが、部屋の空気を重くしている。

「なら良いんですけれど……」

　ブロッサムのジト目はまだ解除されていない。その瞳には、一抹の不信感が残っていた。

　エルが突然、名案を思いついたような表情と口調をして言ってきた。その顔は、一気に明るく、悪戯っぽい輝きを帯びている。

「だったら、みんなのほっぺをぷにっぷにっ♪　ってすれば良いんじゃない？　ねっ？」

　エルの突飛な発言に、ブロッサムは不快そうな顔をした。彼女は首を傾げて、低い声で呟く。

「何のお話なのですか？　意味が分かりませんわ。わたしを変なことに巻き込まないでください」

　そんなブロッサムの呟きを無視するように、エルは屈託なく話を続けた。

「わたしの、ほっぺをぷにっぷにっってするって話だよっ」

（え？　そんな話だったっけ……）

　そらはエルの記憶改ざんに心の中でツッコミを入れた。

　ステフは、この突如始まった奇妙な会話についていけず、オロオロと視線を彷徨わせていた。湯上がりでほんのり赤みを帯びた肌と、水を含んだ髪の毛が、その困惑した表情をさらに愛らしく見せている。不安そうに口元を抑える仕草は、見ている者につい保護欲を掻き立てるものがあった。

　ブロッサムは呆れた表情をしていた。彼女の整った顔には、この状況に対する理解不能という感情が如実に表れている。

「……もっと話が分からなくなりましたわ」

　エルは、その言葉を完全に無視し、可愛らしく頬を膨らませてそらに訴えかけてきた。彼女の口調は、純粋な嫉妬と甘えに満ちている。

「アリアちゃんだけズルいって話だよ！」

　ブロッサムは深くため息をつき、心底迷惑そうな表情でそらに言った。彼女は一刻も早くこの不毛な会話を終わらせたいようだった。

「そらさん、面倒なのでエルさんにぷにぷにして差し上げれば良いんじゃなくて。わたしを巻き込まないでくださいませんか」

「あ、はい……」

　そらは言われるがままに、エルの頬に指を伸ばした。彼の顔には、周囲に見られていることへの照れが浮かんでいる。ぷにっぷにっ。柔らかな肌の感触が、彼の指先に伝わる。アリアの時とはまた違う、弾力のある感触だ。

　エルは、そらに頬を触られている間、目を細め、とろけるような笑顔を浮かべた。その表情は、彼に甘えられたことへの深い満足感と喜びに満ちている。小さな体がわずかに身じろぎし、その仕草は、彼からの愛情を全身で受け止めているようだった。

　そらは、その無邪気な笑顔に触れることで、自身の内心の戸惑いが薄れていくのを感じた。

　笑顔になった彼女は、満足そうに大きくあくびをして、「おやすみ」と小さな声で告げた。そのまま隣の布団にスポッと潜り込み、すぐに規則正しい寝息を立てて眠ってしまった。

　その間、当然のようにブロッサムからはジト目が継続中だった。彼女の視線は、そらの一挙手一投足を逃すまいと釘付けになっている。そして、ステフはどこか羨ましそうに、しかし遠慮がちにこちらを見ていた。彼女の瞳の奥には、エルに対する微かな羨望が揺らめいているのが見て取れた。

　そらがそっと指先でステフの頬をぷにぷにと押した。彼女の肌は、湯上がりでほんのりとした柔らかさと、微かな温もりを返してきた。まるで湯気に包まれた白桃のように、ふわりとした柔らかさと弾力があり、触れた指先に彼女の穏やかな鼓動が伝わってくるようだった。

　ステフはビクッと肩を跳ねさせ、目をぱちくりと大きく見開いた。突然のことに、全身の動きが一瞬で止まってしまう。

「ふぇ……っ？」

　驚きの声が漏れたあと、彼女は頬を真っ赤に染めながら、そらの指先をちらりと見つめる。その視線は、恥ずかしさと、予想外の優しさへの幸福感で潤んでいた。視線が合いそうになると、彼女は慌てて目を逸らし、濡れた髪を耳にかけ直す仕草を繰り返した。その小さな動作の一つ一つに、高鳴る羞恥心と、彼に触れられたことへの満ち足りた幸せが溢れていた。

　けれど、そらの指が離れようとすると、ステフはほんの少しだけ顔を寄せるように動いた。その動作は極めて控えめだったが、ぷにぷにされるのを待つように、頬をそっと突き出した。その動きは、けれど確かに「もっと触れてほしい」という健気な気持ちが滲み出ていた。

「……あ、あの……気に入ってもらえ……ました……か？」

　言葉は小さく、か細い声で、語尾はほとんど聞き取れないほどに震えていた。彼女は指先をもじもじと絡ませながら、そらの反応をうかがうように、横目でちらりと見てくる。その一瞬の視線には、羞恥心と甘い期待が混ざり合っていた。